夏が好きだ。
いや正確には夏の夕暮れに涼しげなバーの中にいてのんびりとカクテルを啜っている時間が好きだ。
うだるような熱気がドアの向こうにあるのを感じながら、ひんやりとした透明なアルコールドリンクが喉元をつぅっと落ちていくのを感じるのが好きなのだ。
バーは静かに落ち着いた雰囲気の店がいい。暗すぎるのは好ましくない。
冷房は効きすぎていない方がいい。音楽は静かに流れている程度がいい。
カクテルは酸味の利いた、甘すぎないものがいい。
そして僕はGeorge's Barに来る。
そして決まってダイキリを頼む。
夏の夕暮れにダイキリを飲んでいる髭面の男がいたら僕かもしれない。気が向いたら一杯おごってくれ。

ジョージさんの手は大きい。
無造作に酒瓶をつかみシェイカーにざぶざぶとホワイトラムを注ぐ。
しかしその量は極めて繊細で慎重なのだ。
砂糖の代わりにと入れている薄茶色の液体はメイプルシロップ。搾りたてのライムジュース。
氷を詰め、トントン、と確かめるようにシェイカーの底を軽く打ち付けると、その大きな手がシャッカシャッカシャッカとリズミカルなビートを刻みシェイキングしていく。
真っ白な液体がボヘミア産のグラスにそうっと注ぎいれられ、最後にダークラムをひとたらし。
グラスの表面からじんわりとまるで夕陽が落ちていくように広がっていく常温のアップルトンが、少しアクのあるメープルシロップの甘みとライムの酸味と口の中で広がっていく。

「メイプルシロップを使うレシピもあるんですか?」
「いや、ちょっと思いつきまして数年前から使ってるんですよ。お口に合いませんでしたか?」
「いえ、とても美味しいです。最後のダークラムも」

カウンターに肘をついて扉の外にとぐろを巻いている熱気を感じながらダイキリを啜っていると、ようやく吉祥寺の町も涼しげになって来たようだ。かわりに僕の気分はゆっくりと熱くなってくる。その静かな交代劇が好きなのかも知れない。
第五回 「ウェブマスター」
第四回 「モンキーズランチ」
第三回 「ジルベルトマティーニ」
第二回 「ミントジュレップ」
第一回 「マティーニ」